ワシントン宣言

 

 我々、第15回IPPNW世界大会の参加者は、人類の変わらぬ敵である飢え、疫病、貧困、戦争が、毎年何百万もの命を奪い続けているだけでなく、大量破壊兵器、地雷、小火器、地球規模での環境破壊等、今や新たな脅威が、世界中に広がる不平等、拡大する南北格差によって急速にもたらされていることを認識する。

 今や世界はますます相互依存の度合いを深めており、人類が直面する全ての深刻な脅威も国境を超えて拡大する。いかなる大国であっても、一国の力でこの脅威を遠ざけることは困難である以上、今求められるのは、国際協力、国際的な枠組みの強化、公正かつ公平な経済秩序、そして国際法による統治である。

 核戦争の危険は今後も人類の生存を脅かす。医師である我々は、たとえ一回の核爆発であっても、その被害者を救済しうる医療施設を有する都市など、地球上には存在しないことを知っている。核兵器の使用は道義的にも許すことのできない行為であり、国際司法裁判所も、核兵器の使用および核兵器による威嚇は違法であると宣言している。にもかかわらず、現実には多くの国が軍事戦略の一環として核兵器を保有し続けており、核兵器が計画的に使用される可能性が、特に長期にわたるインド・パキスタン間の紛争において、現実の脅威となっている。核戦争の防止、核兵器の廃絶をなんとしても達成しなければならない。

 世界各地で、特にイスラエルとパレスチナで、人々の日々の生活を脅かしている多くの最近のテロ行為の中でも、究極のテロ攻撃となった9月11日の、あの決して正当化しえない行為を、我々は断固として非難する。一方で、この世界を、永続的な戦争状態におく危険すらはらむ軍事行動の継続を正当化する手段として、このテロ行為が利用されていることを、我々は危惧する。高い志をもって人々に健康を提供する地球市民として、我々は、テロリズムを、また兵器の拡散を、単純に軍事的に解決しようとするいかなる動きも拒否する。我々は、一方的な軍事先制攻撃は、世界の人々の平和と安全を求める当然の願いに答えるものでは決してないことを、確信する。言葉によるものであれ、行動によるものであれ、暴力の連鎖は人間の健康を蝕むものであり、非暴力の行動によって断ち切られねばならない。人類が直面する困難な問題を解決するために、力に頼らない解決策が必要であることを、我々は強く訴える。

 今日、着々と軍備を増強している米国と、その他の多くの国々は、紛争とそして戦争の脅威を押さえる機能を、本来であれば果たせるはずの多くの国際的な枠組みを支援していない。米国が発表したNPR(核体制見直し)は、何千という核兵器を恒久的に米国軍事戦略の中心に据え、CTBT(包括的核実験禁止条約)等多くの多国間協定を無視することによって、核廃絶に向けての全ての努力を無にしようとするものである。その目的とするところは宇宙の軍事化であり、非核保有国に対する核兵器の使用を正当化し、核兵器と通常兵器の間に引かれた道義上、法律上の境界線を消滅させる、新たな種類の戦術核兵器を推進しようとしている。過去56年もの間、核兵器使用に対する最強の砦であったこの境界線が、消失したり超えられることは、決してあってはならないことである。

 我々、世界32カ国から集まった医師たちは、国連憲章と世界人権宣言を強く支持する。我々は戦争を放棄し、戦争と紛争が平和的に、外交によって解決されることを求める。

 今日の軍事紛争の犠牲者は、それが計画的な攻撃かそうでないかは別にして、一般の市民である。地球上のいたるところに小火器と小型兵器が拡散した結果、軍事紛争でも、また一般の犯罪においても、言語に絶する殺戮が行なわれるようになった。なかでも小火器が標的とするのは最も弱い人々、つまり経済的に恵まれず、政治不安の中に生きる人々である。

 対人地雷禁止条約が採択されたことによって、対人地雷の犠牲者数は確かに減少した。しかし依然として、米国、ロシアを初めとする多くの主要国が条約に調印しないまま、犠牲者や家族の生活が損なわれ、社会は荒廃し続けている。これは決して許すことのできない、人間の悲劇である。

 地球規模での気候変動もまた、核戦争と同じように人類の健康と生存を脅かす。世界の総エネルギー消費量の25パーセントと、総二酸化炭素排出量の20パーセントを占める米国は、この脅威に立ちむかおうとする国際的な努力に背を向けた。一方で、健康に対する新たな脅威となる新技術が生まれ、有毒な化学物質が食物連鎖の各段階で急速に蓄積される中、人間と動物両方の生活が危機に瀕している。予防原則に基づく科学的、医学的倫理規定によって、兵器とバイオテクノロジーがもたらす予測しえない結果から、人間と生物圏を守ることができるだろう。

 これらは全て、平和、安全保障、そして人間の健康に対する重大な攻撃であり、我々の生存そのものさえ脅かしかねない。包括的な解決策を見い出さない限り、前進は在りえないが、我々には、全ての人間が豊かで持続可能な生活を享受するために必要な、科学的、医学的知識も、創造する力も、国際的な協力体制も、そして道義的、法律的規範も備わっている。

 増大する貧富の格差が、地球規模での紛争の火種となっている以上、これを是正していかなければならない。そのためには先進国が、国際開発と援助の分野での貢献を高め、開発途上国の債務を帳消しにする必要がある。成否の鍵を握るのは、国際金融体制のさらなる改革と民主化、並びに効率のよい、環境に優しい技術の開発である。

 我々は、我々の仲間である世界中の医師たちに、世界の国々に、その指導者たちに、そして世界の全ての人々に、以下に掲げる点を我々とともに求め続けようと、呼びかける。

1.全ての国々、特に、NPT(核拡散防止条約)第6条の遂行という法律的義務を負う核兵器保有宣言国が、核兵器の保有と使用を放棄し、核兵器条約(Nuclear Weapon Convention)に関する交渉及びその採択を行うこと。

2.全ての国々とグループが、科学/生物兵器禁止条約を強化並びに遵守し、必要な場合には効果的な査察システムを設けること。

3.医療の専門家が、公式のデータや医療施設からのデータも含めて、小火器による死傷者に関する正確なデータを収集、報告し、他の医療関係者や政策決定者を、予防の観点から教育すること。研究者にデータへのアクセスが確保されるように、政府が保証すること。武器取引に関する条約並びに武器移転に関する国際的な枠組み協定を支援すること。

4.今日の中東が、紛争当事者双方の過激な行動によって戦争勃発の危機に瀕しており、世界でも最も危険な地域になっていることに鑑み、我々は占領と紛争の終結及び、イスラエルとパレスチナ両国の、1967年6月4日時点での国境線による共存を可能にするような合意を求める。これらを達成するために我々は、紛争地域を代表する医師たちによって発表されたAntalya宣言が緊急に要求するところを、強く支持する。

5.人間の残虐性を物語る本の、地雷という1ページを閉じるために、全ての国が地雷禁止条約に加盟すること。地雷除去活動を強化し、負傷者のリハビリプログラムに長期の財政支援を与えること。

6.京都議定書のみならず、地球の気候を保護するためのより包括的な枠組みを批准し、履行すること。POP(持続性有機汚染物質)の禁止を定めたストックホルム条約及び、これ以外の有機化学物質を禁じる条約を批准すること。

 医学、科学、人文の各分野で教育を受け、命のための不断の闘いに参加し、多くの国々、異なる文化、異なる専門領域を代表して、ワシントンで開催された生存のためのサミットに参加した我々は、ここに宣言する。我々は自らの命とエネルギーを賭して、個人としてまた組織として、地球と人類の生存のために闘い続けると。


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