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中国農村における医療

=ある農村病院の見学の感想

鈴木 頌

 北京で開かれた世界反核医師会議の際、近郊農村の医療機関を見学する機会に恵まれた。

 そこでの体験はまことに驚くべきものだった。帰札してから後,いくつか文献にあたってみて,中国農村の抱える困難が改めて痛感された。

 恐らく多くの人が,まだ知らないことと思うので、簡単に紹介してみたい。なお詳しく知りたいときは,下記を参照していただきたい。

 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/china/ruralmed.htm

 私たちが訪れたのは,北京の北方20キロほど、万里の長城へと続く褐色の山並みが、平野のかなたにかすむのどかな村だった。

 1軒目は目抜き通りに面して立つ組合系の病院。診療所は、昔の結核療養所を思わせる古風な作りの2階建て。

 中国側が見学先に選んだだけあって,外観はそれなりに立派。ただし入院患者はいないようで、そういう意味では無床診である。

 土曜の午後で休診だったせいもあるが、各部屋ががらんとしていて,活気のない印象を受けた。

 レントゲン・心電図・エコーに簡単なラボ設備もあるが、これだけの構えの建物にふさわしい患者がくれば、とても間に合いそうもない規模である。

 2軒目は下町の奥まったところの軽装備診療所である。

 こちらは営業中で,医師が一人でやっていた。看護婦も助手も,誰もいないたった一人である。おばさんがベットに寝て,針治療を受けていた。母親に抱かれた子供が「アーン」と口をあけ,診察を受けている。風邪を引いたんだろう。待ち患者はいない。

 要するに人々は病院にかからないのである。なぜか? 高いからである。保険はないのか? ないのである。えっ? 中国は社会主義で医療は無償なのでは? 違うのである。

正確に言うと,昔はそうだった。しかし「改革・開放」以来,そのシステムは消滅したのである。

 昨年暮れ,中国衛生省が「農村医療白書」を発表した.一部を紹介する。

 農村の貧困地区においては、少なくとも4060%の人が、医療費を払えないために満足な治療を受けられないまま、自宅で死を迎えている。農民1人あたりの年収は3万円あまり、都市住民の1/3である。これに対し入院費は約三万円といわれる。

 しかも農民の90%は医療費を自分で支払わなければならない。病気により貧困化することを「因病致貧」という。農村における貧困者の半分は「因病致貧」とされる。

 現政権の肩を持つつもりはないが、好き好んで農民をこのような境遇に追いやっているわけではない。

 60年代後半から70年代にかけて、毛沢東らの文化大革命が,経済や社会をめちゃめちゃにし、その後始末がまだついていないという側面もあるからだ。

 それにしても,文革が終わってから四半世紀,もう言い訳は聞かないだろう。

農村への対応が遅れた原因ははっきりしている.情報隠しである。

 李昌平という地方幹部の告発文「農民は本当に貧しい、農村は本当に苦しい、農業は本当に危ない」が大きく取り上げられ、中央政府もこの「三農問題」に本格的に取り組むようになった。農村を対象とする医療保険も発足した。なによりも、「農村医療白書」のような文書が発表されるようになったことが、最大の進歩であろう。