コスタリカの医療制度と医療制度改革について    松井 和夫(和歌山)

 2003年8月12日(現地2日目)、Caja Costarricense de Seguro Social(コスタリカ社会保障公庫、以下CCSSと略す)
のプレゼンテーションを受ける。CCSSのサンチェス医師とカンブロネロ医師にコスタリカの医療制度、特に90年代から同国で進められている医療制度改革を中心に解説していただいた。下調べの資料から得たこと、現地で実際に見たこと、その後調べたことを基に述べる。本稿は月刊保団連11月号原稿に加筆したものである。

コスタリカ人は、国の保健制度を非常に誇りにしている。最新の医療、「ゆりかごから墓場まで」の医療が全土に行き渡っている。国連は常にコスタリカの保健を世界のトップ20位、ラテンアメリカの1位に挙げている。乳児死亡率などはアメリカよりも健康的で、心バイパス手術などはアメリカの3分の1の費用で受けることができる。安い値段で保険に加入することができ、アメリカ人がコスタリカで老後を過ごすのに医療に関して何も心配は要らない。
出展:The New Golden Door to Retirement and Living in COSTA RICA(米国の永住希望者向ガイドブック)。  以下の囲みコラムも同じ
※上記に関して、IPPNWコスタリカの会長のスロン先生は、ちょっと誉めすぎだが、その通りだと。

コスタリカの保健部門

コスタリカの保健部門は以下の機構で構成されている
保健省(MH:Ministry of Health)
コスタリカ社会保障公庫(CCSS : The Costa Rican Social Security Fund)
上下水道局(AyA :The Costa Rican Institute of Water Supply and Sewerage System)
コスタリカ大学(The University of Costa Rica)
地方自治体
保険局(INS: National Insurance Institute、任意保険と労働事故や自動車事故を担当)
その他に, the Institute for Research on Nutrition and Health (INCIENSA), the National Center for the Prevention of Drug Abuse (CENADRO), the Institute on Alcoholism and Drug Dependence (IAFA).Instituteなどの研究機関がある

保健省 (MH)
保健部門の舵取り役(行政)であり、90年代に予防、健康増進プログラムをCCSSに移行した。

CCSS
Caja Costariicence de Seguro Social (原語)
Costa Rican Social Security Fund (英語標記)
コスタリカ全国民に母性・医療保険を提供する唯一の公的機関で、年金(IVM保険)も取り扱う。独立した機関である。
※I:Invalidez身体障害 V:Vejez老齢 M:Muerte死亡
※年金には他に特別年金制度がある

コスタリカの医療制度

コスタリカには、医療に関した以下の3段階のケアーネットワークがある。

第1段階
 全国は103の保健区に分けられ、さらに計903の小区に細分されている。その各小区をEBAIS(基礎的包括的ヘルスケアーチーム)が担当し、地域住民の治療、健康教育、予防活動などを行なっている。各チームは医師1名、准看護婦1名、プライマリケアー技術者1名以上で構成され、平均3500人の住民をカバーする。住民は居住地を担当するEBAISを受診し、必要があれば第2段階の病院へ紹介される。原則として当該EBAIS以外を受診することはできない。後述する改革までは地域間格差が著しかった。

1988年から、第1段階のサービスの一部を外部(Health Cooperative)に委託し効果を上げている。

第2段階
 救急医療、専門外来、地域・地方病院(全国で21)、診療所(有床)など。必要により第3段階へ紹介される。

第3段階

 3国立総合病院と5専門病院(婦人、小児、老人、精神、リハビリ)がある。退院後は第2段階または家庭へ返され、再び地域のEBAISなどが責任を持って治療やケアー指導などをする。
放射線治療、眼科、病理解剖などが不十分で外部(私立病院など)に委託契約せざるを得ない。また、現在ではかなり解消しているとのことであるが、手術待ちが長い(2001年1月時点では1,4000人)などの問題がある。
 私立病院や開業医もあり、混合診療も一部で認められている。これらに対する任意加入の保険制度もあるが、経済的に誰もが利用できるわけではない。国が制度として堅持しているのは、CCSSが担当する「誰もがかかれる」医療制度である。

医療保険

 CCSSの医療保険の対象は、外国人も含む全居住者である。給与所得者および年金受給者は、加入が義務付けられている。
保険料は、雇用者が給与の7.5%、本人が5.5%、国が1.5%分を負担する。年金受給者は年金の12%を負担。自営業者は任意加入で、保険料は所得の5.5%。これは自己申告で、ごまかしも多いとのこと。貧困者は政府が負担(全人口の約10%)する。
保険加入者は、すべての医療を無料で受けることができる。無保険者も約10%いるが、医療を受ける権利は保障されている。医療費の支払い義務はなく、たとえお金が払えなくても同等の医療を受けることができるとのことである。
他に任意加入のINSが運営するINS保険がある。
私立医療機関が増加傾向にあり、人口の30%が一年に一度は利用しているという。
また、私立医療機関に従事する専門職の数も1990年始めには9.9%であったが、10年後には24%に増加している。私立医療機関の収入源は、患者からの直接支払い(INS加入者は、かかった医療費の8割が保険でカバーされる)、CCSSの委託(一般病気)、INSの委託(労災)などである。

私立病院の入院費用
ある病院では部屋代:130〜140$/日。
ある病院では100$以下で、部屋にはバス、ソファー、TVなどが付いている。
自分の息子が虫垂炎で入院した時、かかった費用は全部で1000$、INS保険を使うので実際に払ったのは140$のみだった。

◎CCSS保険の特徴
・ 医師の往診、薬物治療、検査、入院治療の全部を含む
・ かかりつけ医が決まっている
・ 加入前からの病気もカバー
・ 歯科治療、眼科治療もカバー
・ 既存症があっても加入可能
○加入を勧められるケース(※外国人の場合)
・ 常用薬剤がある場合
・ 重症の場合
○保険料(※外国人の場合)は、一家で55歳未満は55ドル/月、55歳以上は37ドル

◎INS保険の特徴
・ 医療費の80%をカバー(加盟医療機関では窓口で一部負担金のみを払い、
  その他の医療機関では申請により数週間後に返金される)
・ 医師の選択は自由
・ 既存疾患はカバーされない
・ 歯科、眼科疾患のほとんどをカバーしない
○長所
・ 医師を選択できる
・ 予約可能で、わずらわしい手続きが少ない
○保険料
  例)50〜69歳男性 800$/年
  団体割引、家族割引等あり

医療制度改革

 政府の制度改革の一環として、保健部門では1994年から医療制度改革が始まった。改革は4つの課題すなわち、1)保健省の舵取り役目の強化、2)CCSS の機能強化 3)財源の再配分のための新システム 4)ヘルスケアーモデルの実施に取り組むことであった。

 これらの実施のために、アメリカ大陸開発銀行から430万ドル、世界銀行から2,200万ドル借り、WHOおよびPAHO(Pan American Health Organization)の技術的応援を受けた。2001年に終了。

 改革が必要とされた理由は(1)医療へのアクセスや質に対する不平等 (2)疫学的プロフィールとヘルスサービスモデルの不一致 (3)医療サービスの重複 (4)予防と治療能力の低下 (5)保健・医療に対する支出の増加などである。その背景には経済停滞による歳入増加の減少、高齢化や生活習慣変化などに起因する慢性病増加などの問題があると思われる。

 制度改革の柱はCCSSの機能を財政、契約、供給の3部門に分割することであり、そうすることにより持続可能な財政を確立し、CCSS機構の強化を計ることである。具体的な目標は、保健サービスの改善と地方への分権である。その中心的役割を担うのが運営管理契約(Conpromisos de Gesti溶/英訳はmanagement commitment)であり、今回のプレゼンテーションの中心でもあった。

 運営管理契約は、法律に基づき、契約者(保健区や病院)とCCSSとで結ばれる年間契約である。CCSS側は保健・医療サービス改善などで到達目標を示し、医療の質と受療機会についての基準を定める。さらに、住民の健康ニーズに従った資源の割り振りをする。現在99保健区および29病院との間で、この契約が結ばれている。

 保健区や病院にとっては、年間の歳入がこの契約によって決まるわけで、受取額を増やすには医療サービスの改善や住民の健康増進の目標値達成に努力しなければならない仕組みである。結果の到達度評価のために、医療機関は患者の満足度を調査する義務も負っている。利用者の約7割が満足と答えているという。

以下、ケアーネットワーク段階別に述べる。

第1段階
 予算はいわゆる人頭制を基本とし、健康増進プログラムの目標達成度などにより追加配分される。制度改革により、プライマリケアーがより重視され地方への予算配分が大きくなった。健康増進プログラムの内容は、高齢者・思春期・妊婦・社会の参加などの健康増進のための教育活動で、地区別に立案され(達成率96%)、91%の地区で実施された(2002年)。

第2,3段階
 病院の予算はUPH(Unidad homogenea de meida de la produccion hospitalaria /病院生産性評価均質化単位)で示される生産高と評価によって決まる。病院での診察、検査、手術などのあらゆる医療行為は、全て「生産」として表現される。病院の生産性の評価を標準化するために、すべての「生産」を「入院一日に相当するものを1UPH」とする尺度で計算し、全生産高をUPHで表す。1UPHに掛けられる金額は病院によって異なり、また毎年見直される。病院の質は、入院待ちリストや手術レベル、再入院の割合、環境保護、患者の意見や運営参加、財源の効率的利用などや患者の満足度でも評価され、予算が決まる。

 会計は4期に分けられ、チェックされる。もし赤字になれば、その理由が正当であれば予算の追加配分を受けることができる。しかし、簡単には認められないようである。

 運営管理契約が導入された結果、数々の改善が見られたという。例をあげれば、地方への予算が12%(90年)から21%(99年)へと大幅に増額され、地域間格差が縮まりアクセスにも差がなくなった。予防のための健康教育が重視されるようになった。予防接種はほとんどが接種率90%以上となったなどである。

 しかし、すべてがうまく行っているわけではない。健康増進プログラムについて、カバレッジの達成率は高いが、質を伴う評価となると低い。例えば、1歳以下の子供プログラムの達成率は約9割であるが、質を伴う評価となると達成率は6割である(2002年)。質となると今後の課題であるのが現状のようだ。この質に関しては別に評価基準が定められている。しかし、質を伴う達成率も年々改善されてきているようで、これらの評価法は質の改善を促す、優れた手法であると思われる。

コスタリカの医療制度から学ぶ

コスタリカでは教育、保健、医療分野などで他の同じような発展途上国よりも多くの予算が使われてきた。軍事費が不要であるからである。とはいえ、医療費や医療設備は日本やアメリカなどと比較にならない。しかし、国の健康水準をみるのに、設備などの表面的な比較だけでは意味がない。発展途上国にとって、高価な医療器械や薬品を輸入することは容易なことではない。

健康指標および一人当りGDP、医療費の国別比較(2001年)
 
平均寿命
幼児死亡率
一人当りGDP
(US$/2000年)
一人当り医療費
(US$/2000年)
コスタリカ
73.8
78.6
13
10
7,460
273
アメリカ合衆国
74.3
79.5
9
7
34,637
4,499
日本
77.9
84.7
5
4
25,901
2,908
ブラジル
65.5
72.0
47
40
7,548
267
メキシコ
71.6
76.7
33
27
9,007
311
出所:各数値はWHOウエブサイトから  幼児死亡率は5歳以下の子供の死亡率(対1000)

 各国の医療費と、代表的な健康指標である平均寿命および幼児死亡率を使い健康水準を比較してみると(上表)、コスタリカでは医療費は安いが、先進国並に健康水準が高いことがわかる。アメリカや日本では医療費はコスタリカの10倍以上である。同じ中南米の一人当りGDPがコスタリカよりも少し高いブラジルやメキシコと比べてみると、医療費は余り変わらないが死亡率などの健康水準はかなり勝っている。つまり、コスタリカでは医療費が他の国よりも極めて有効に生かされてきたのだ。何故、発展途上国でありながらコスタリカの健康水準が際立つのか、極めて興味ある問題である。

 コスタリカでは「すべての人が平等に」という立場から、国全体の医療・健康水準を上げるよう努力してきた。また、医療費は無料であるから実際誰もがいつでも安心して医者にかかれる。保険に入っていなくても医者にかかれる。これらのことが少ない医療費にもかかわらず素晴らしい健康水準を持つことができた最大の理由だと考える。

 コスタリカでは、憲法や健康基本法で国内に居住する全ての人(例え不法滞在者でも)に、医療を受ける権利、ヘルスケアーに対する権利を保障している。

 医療制度改革の目的も、カバーする範囲を増やすこと、支出の効率化、健康レベルの地域間格差をなくすこと、全ての人に治療の機会、効果、質を保障することなどである。今後いっそう疾病の予防や健康教育に力を入れていくようである。

 今、日本を始め世界各国で医療・社会福祉関連支出の高騰が問題となっている。一方、大企業の海外進出の支援と、不平等性を維持するために欠かせない軍事力の維持・増強のための財政支出もうなぎのぼりである。両者に十分な財源を持つ国はない。アメリカや日本は医療・福祉関連の財政支出を削減し、軍事費・大企業支援の予算を優先させている。コスタリカは医療
・福祉を優先し、軍事費を無くした。最近、ニュージーランドは福祉関連の予算不足の解消策として、無駄な空軍を廃止した。

 最近、悲しいことに「国益」という言葉を頻繁に耳にするようになってきた。「国家の利益」が「国民の健康の敵」となる。 軍事力が使われたときに平和が脅かされるだけでなく、予算が削減され医療制度が破壊されている。コスタリカの医療に対する姿勢を学び、軍国化に反対しなければならない。

Bienestar y salud igual para todos (万人のための平等な福祉と健康)コスタリカ保健省のスローガンである。