国立小児病院    山本 節子(愛知)
 はじめに、ツアーに参加した動機ですが、コスタリカは、軍隊を廃止して教育、福祉を重点に置く政策を続けて、経済的にはメキシコ、ペルーやチリよりも貧しいけれど乳児死亡率、平均寿命および識字率などの社会発展の面では先進国の仲間入りをしている世界に稀な国であり、学ぶべきものが多くあるにちがいないと、一度訪問したいとかねがね思っていた。
 今回の視察はコスタリカ国内4日間と短く、病院施設の状況、医療組織の説明などをわかりやすくしてもらいながら、ざっと足早に国立の主要な病院を見学してまわるというあわただしいものであった。
 どれもが興味深いものでしたが、田舎の診療所やボランティアの支援組織はどのように運営されているのか、さらに福祉政策を決定するに女性がどのように参加できているのかなどについては今回触れる機会がなかったのが残念であった。

 わたしが小児科医という職業であるため、特に子ども病院に関しての報告をまとめることにしました。コスタリカで高度の医療を提供するのは、3つの国立総合病院と5つの専門病院があるのですが、子ども病院はその専門病院のひとつです。この病院の年間の外来受診者数は約10万人、入院状況は330床あるうちの平均250床が稼動し、多い病気は呼吸器疾患と神経疾患ですが、死亡の一番多い原因は未熟児です。600gでうまれた未熟児も助かっていると治療成績もまずまずです。子ども病院の見学で印象的だったのは、明るい雰囲気をだす工夫が懲らされていることです。まず、病院の外壁に大きな壁画があり、廊下の壁にも小学生の描いた鮮やかな色彩の生き生きした絵がいたるところに飾られています。どの絵も個性的で夢のある暖かい感じのものです。子ども達の遊び場、プレイルームがまたすばらしいのですが、デイズニーランドに紛れ込んだ錯覚に陥るような思い切った飾りつけのされた部屋は一度見たら忘れない、ここが病院であることを忘れてしまいそうな楽しい遊園地のようです。この病院のある首都サンホセは高地にあり年中快適な涼しい気候で、冷暖房のため窓を締め切る必要がないからでしょうが、病院の中庭に隣接する廊下などはガラス窓をいれず開放的な構造を取り入れています。こうした建物の構造は、病院にかぎらず、ホテルや通りのレストランなどにもよくみられましたが、なにかゆったりした雰囲気を与えてくれて、のびのびとした気分にひたることができます。こうした環境は病気を治す手助けをしてくれそうです。

 病室や未熟児室の設備は日本の病院と比べてあまりかわらないようでした。少し違うのは、日本の大病院の場合わたしが知っている限りでは、未熟児病棟を訪問すると病院の奥に配置されておりいくつかの扉を通ってからようやくその入り口に着いて、あたりは物々しい雰囲気が漂い感染防御の対策が厳重で容易にガラス越しに赤ちゃんを観察できるようにできていません。それと比べ、ここの未熟児病室はすぐに外に出られるような配置であり大きなガラス窓をとおしてでも容易に子供のようすがわかるし、面会が気軽にできそうだなと思われました。未熟児で生まれた場合は母子、親子関係がうまく確立されにくく、退院後育児の負担が重荷過ぎて虐待などをおこしやすいため早くからできるだけ面会させ接触する機会を増やすなど細かい配慮が大事なので良い環境整備ができていると感心しました。病状が安定した子どもの家族の面会は24時間いつでも可能で、遠方に住む家族を受け入れるための宿泊援助が25を数えるボランテイアの支援団体によって行われているそうです。親の虐待などの問題解決についてもボランテイアの支援が大きいそうで社会福祉に関わるボランテイア組織が日本と比べて非常に発達していることがわかります。

 この病院が地方からの照会された高度医療を要する患者をみる国内唯一の子ども専門国立病院であることを考えると、平均的な入院日数が3日だというのは、日本では考えられない短さです。看護などの家族やボランティアにたいして病院でおこなわれる教育は患者の退院後の回復を円滑にするために欠かせない医師の重要な仕事であるようです。退院した患者の一部は地方の病院に転院することもあるので、退院患者全員が家庭に帰るのではないとしても、受け入れる家族とくに母親たちの負担は大きいにちがいない。この国の家庭状況は核家族が少ないため、病人を受け入れる条件が日本ほどきびしくないようです。 家族が看護できない家庭の割合は、子ども以上に受け入れ状況のきびしい老人の介護の場合でも、5%ほどにすぎないそうです。受け入れのできない場合は、支援組織が援助をしてくれるのです。さらに驚くことには、コスタリカでは医者の総数が看護師総数を上回っており、近年もその傾向はさらに増しているのです。看護師養成が優先されないのは、患者の看護については家族やボランテイアワーカーが、看護の中心的役割を負えるようにすることで看護師の肩代わりをしていて、入院期間の短縮や医療費の節約するためにそうせざるを得ないとの考えからと説明されました。
 
 子ども病院で会ったコスタリカ人医師は、京都から日本人女性医師が臓器移植の技術指導にきてくれたいへんありがたい、また今後も移植医療を充実させていきたいと話されていました。子どもの臓器移植は日本でもまだこれから発展という分野なのでちょっと意外でした。病人の搬送車が足りず、普通の自動車を使っているため、ぜひ資金援助をしてほしいという要請もあったのですが、コスタリカは交通事故がひじょうに多く救急車が足りない状況にあるようです。それで、わたしたちに援助の要請をされたと思うのですが、日本政府による医療援助が臓器移植を優先しているとしたら、見直す必要があるようです。
 
 人口構成は65歳以上の老人の割合が人口の5%前後で、15歳以下の子どもが35%ですが、周辺国から多くの難民がはいり、その数は正確にはつかめていませんが、人口の1割近いともいわれています。出生率は低下してきているので、最近の人口増加は外国人の流入のためだそうです。それほど多く外国人がいるのに旅行者を含め必要な人には国籍を問わず治療を施し、ほとんどが無料で受けられます。この国の福祉の歴史がまた、興味深いのですが、1940年代に医師でもあったカルデロン大統領は社会保険制度導入など福祉制度の基礎を築いた後、自身の48年大統領選挙の敗北を無効にするという不正行為が内戦を招きその終結後、軍隊廃止が決定されるという劇的な展開をみせます。2000人の市民が犠牲になったそうですが、軍隊廃止がこんなに簡単にできてしまうのかとふしぎです。多くの国で膨らんでいく軍事費をコスタリカは節約でき国家予算の3割を福祉に支出できたために今日の寛容な医療サービスは、可能だったのでしょう。医療のほかにも注目すべき施策として、75年には家族分配基金が設けられ、給料の5%と販売税を財源として、生活困窮者への土地購入、幼児栄養補助、学校給食プログラム、妊婦授乳婦への食事提供、教育、年金の資金源が確保されました。衛生、栄養状態、教育水準が改善され、70年代に1000人あたりの乳児死亡率60以上あったのが、80年に19、90年には15を下回るようになり、2000年では10までさがってきました。小児疾病構造もマラリアや寄生虫感染などかつて一般的にあったものがごくまれにしかみられなくなっています。

世界的な景気の後退の影響もあって、経済の中心がコーヒー、バナナの輸出に頼るコスタリカは財政赤字を抱え、福祉の切り詰めを余儀なくされて90年に入ってから改革に取り組んで教育,保健支出を3,4割削減しました。医療組織は効率性を高めるため、数値目標を決めて到達度と併せて患者の満足度を評価して次期の計画をたてる方策をとりいれており、乳児死亡率の高い地域を重点に対策をとるなどで健康水準を悪化させずに財政立て直しを進めているようです。日本のように医療費個人負担をどんどんふやすことはしていません。福祉の進んだ国は女性が社会、政治の場で活躍しているのが目立ちますが、コスタリカはどうかと非常に気になっていたのですが、女性医師の比率は4割、看護師はすべて女性だそうだが、ボランテイアで活躍するのも女性が多いようです。総勢37人の日本人旅行者の訪問は仕事をしている職員には迷惑だったでしょうが、オラとスペイン語の挨拶をすると必ず笑顔で答えてくれ愛想のよいコスタリカ人の態度は素敵でした。病院ごとにスペイン語による紹介説明がありいろいろ自由に質問ができ、通訳ガイドの足立さんが逐次見事に通訳してくれたので大満足でした。

 おわりに
GDPの低い国であると概して栄養衛生状態が悪く病気にかかりやすく乳児死亡率が高いが、国内でも貧富の差や環境による地域差がある。どこでも共通するのは、貧しい人々集団の中でさらに貧しいグループに女性が多く、母子家庭がとりわけ低所得である。また、同じ貧困家族の中でも女性のほうが過重労働で低栄養に苦しみがちである。乳幼児は社会状況の悪化で最も犠牲になりやすく、たとえば、イラク戦争前後で乳児死亡率が倍増したと報告されている。アフガニスタンの出産時産婦死亡率が50%という驚く数字の最近の報告もある。アメリカでも、母子家庭が増え貧困ライン以下の所得にある家庭の子どもが4人に一人もいるのに、母子家庭への社会扶助が削減された。

コスタリカのようにGDPの低い国であってもなぜ乳児死亡率が低いのかを分析研究した結果、一国の乳児死亡率を下げる因子として一番効率的なものは、女性の教育水準だと結論づけられている。長年、国の豊かさの指標としてGDPで比較してきたが、環境保護、持続可能な社会発展の必要性が認識されてきた影響もあり、経済成長優先よりも、指標として乳児死亡率或いは平均寿命を重視するほうがよりいいのではないかという考えかたが一目を置かれるようになってきている。コスタリカのほかに経済的には貧しいが乳児死亡率は低く女性の識字率が高い特長がある例として、インドのケララ州やスリランカなどが知られている。一般に貧しい社会では女性の教育が軽視されるばかりか男尊女卑が強いためかえって乳児死亡率を押し上げている。したがって、多くの貧しい国は経済発展を優先する傾向にあるが、まずすべての国民の基礎教育を普及する、とりわけ女性への教育を優先課題とし、乳児死亡率の高い地域に比重を置いた福祉を充実していく必要がある。そのための財源確保には、軍事費大幅削減がなされるべきである。こうしたアイデアは、なにもめあたらしいものではないが、その実現はコスタリカ以外にはどの国も成功できていない。

 コスタリカはそうした政策の実践例として、もっと世界の注目をよせられていい。コスタリカでは、50年以上前から継続的に小中学教育の熱心な普及がされてきたが、小学校の教師は1930年では80.9%が女性で、1940年に79.1%、50年に79.6%が女性で占められており、かなり昔から女性に教育機会が恵まれていたことをうかがわせる。小学校教育の無償化は19世紀から始まっていたが、40年当時6年の教育を終了できたのは一割以下で、識字率も5割を切っていたというから、女性の教育レベルが高かったかもしれない。軍隊を廃止するにあたって、指導者だったホセ・フィゲーレスは奥さんに相談したというのも女性の意見が評価される社会になっていたことを示すようで興味深い。それでも女性が選挙権を得たのは1948年以降だった。政治の場での女性の活躍は今回のツアーでは情報を得られなかったのが残念だった。教育に関して熱心な日本が、女性の教育水準では世界のトップクラスに入るのに、社会的地位では日本の女性議員の割合などに代表されるように後進国にとどまり国会の場でも女性蔑視の発言が繰り返され、平和憲法を捨てた国になりそうなのはなぜかと考えてしまう。映画「軍隊を捨てた国」でみるように、民主主義、人権、平和についての教育が、知識としてでなく実践するものとして学ぶことを重視されるなら、国際間の衝突は話し合いで解決するときめた国連憲章遵守、軍隊廃止が日本でも可能にちがいない。コスタリカの半世紀と日本の半世紀を比較して、経済軍事大国であろうとする日本と持続可能な環境福祉国のコスタリカのいずれが優っているか、もっと多くの人が考えてほしい。