ツアーに参加して 犬井 三紀代(神奈川県)
 夏休みが近付いたある日、月刊保団連6月号の足立力也氏の記事「コスタリカ・軍隊を捨てた国、非武装という生き方」が目に止まった。氏の明解な文章とその内容に魅せられて5月号も読み終わったときには、こういう物の考え方ができる人々の暮らす国はどんな雰囲気なのか、ぜひとも触れてみたいと思った。
 それと、もう何年も前になるが、あるテレビ番組で見た中米の自然公園や動植物のことを思い出した。特に蝶は、ここでしか見られないマニア垂涎の蝶がいて、中には翔にアルファベットや数字の模様が刻印されているものがいて、全部集めるとAからZ、1から9まで揃うということであった(本物ではなかったが、全部揃った写真をモンテヴェルデのバタフライセンターで見ることができた)。
 日程を問い合わせると、無理のない時間であったので、追加ですべり込ませていただき8月10日に出発となった。
 12時間のフライトでヒューストンに着いてやれやれと思ったのも束の間、テロの影響で入国審査を通過するのに4時間もかかってしまい、一行のうち12人(私も)がコスタリカ行きの便に乗り遅れてしまった。諸手配に又4時間、あきらめの境地で空港待合室で待つ間、ケアマネージャーをされている看護婦さんや、家族に障害者がいらしたため医療や介護の問題に取り組んでいるご夫婦と親しく話ができ、この旅のもう一つの大きな収穫となった。このご夫婦は、コスタリカの社会保障のこともよく勉強されていて、話を聞いているうちにコスタリカへの期待も膨らんだ。
 ヒューストンのホテルに入ったのは、午後10時を回っており、カフェテリアで巨大ハンバーガーの夕食の後、やっとベッドに横になることができた。翌日早朝の便でコスタリカに向かい、4時間半のフライトでやっと到着することができた。そのため、最初の訪問先老人病院見学は叶わなかった。
 午後に訪れた小児病院では、ピンクや黄色が基調の、日常を画いた子供達の絵があちこちに飾られており、療養も日常の一部であることを思い出させてくれる心配りが感じられた。病室の照明は暗めなのに雰囲気は和やかで、これから手術を受けるという子も笑顔をみせ、少々驚かされた。システムや保障が行き届いていて、余計な心配をしなくてもよいからだろうか?それでも手術室の前を通ったときには、数家族が不安な面持ちで手術の終わるのを待っており、同情と痛みを覚えた。
 3日目は、市内に出て束の間の国立劇場見学のあと、ホテルに引き返してコスタリカ社会保障機構のプレゼンテーションを受けた。2人の担当官が交代で話をされたが、現状把握と問題意識が明瞭で、システムがきちんと機能しているという印象を受けた。日本の場合は不信が前提にあり、如何にお金を出さないかに腐心した制度になっているが、コスタリカでは少いお金を如何に効率よく使うか考えられているようであった。
 それでも患者の満足度は、昨年は前年より下がっているという。担当官の話では、システムに対してというより医師とのコミュニケーションに不満を感じているとのことであった。病院内を回っていても、パラメディカルがニコニコと明るかったのに対し、医師は疲れた表情の人が多かった。
 総じてコスタリカ人は、仕事に対して真面目でていねいである。空港の荷物の扱いをみていると、アメリカ人がバンバン投げるのに比べ、コスタリカでは一つずつていねいに積み重ねている。小児病院でさえ3日や10日で退院するケースが多いというから、医療スタッフも過労なのだろうと同情を覚える。
 視察の日程を終了して4日目、バスに4時間(後半は未舗装の山道ー自然を守るため、人が来すぎないよう舗装しない!)ゆられてモンテヴェルデ自然保護区へ向かった。文字通り緑濃き山々が連なり、一目で気に入ってしまった。そこに居るだけで、何十年の人生の垢が洗い流され、魂が自然に抱かれて存在を肯定されているという思いがした。その感覚は、モンテヴェルデの木々との一本一本が個性を持ち、存在感があることに由来しているように思えた。
 月刊保団連の記事に載っていた小学5年生の言葉「民主主義的じゃない社会は平和でないということは当たり前。−中略−環境が悪いと社会も悪くなるでしょう?だから環境問題もちゃんと考えなきゃね」が実感として感じられた。
 コスタリカでは、人間が造った物で見るべき物は余りなかったが、パワフルな自然と、平和に生きる為の努力を惜しまない、地味だが明るく聡明な人々がいた。
 戦争は、人々の手足をもぎ、一生を不覚にしてしまう。それが私自身や家族だとしたら?その疼きは、どんな大義名分も言い訳も逸れ得ない。そして疼きの蓄積は復讐をもたらす。
 人類にとって今、一番必要なことは、コスタリカのように発想を転換(本当は基本に戻ることだと思う)し、平和を実現するために大いなる努力をすること、コスタリカは、世界の一歩先を歩いている国なのだ。