基 調 報 告



共同代表世話人 松井和夫

21世紀へのカウントダウンが各地でおこなわれ、今、何をしても、「20世紀最後の・・・」とか、「21世紀をめざして」とかいわれる。単に時間的に区切りが良いからではなく、「つどい」にとって「21世紀」という言葉には、今非常に意味がある。

以前は、科学の進歩は人類の幸せにつながるものと考えられていた。しかし、最近では,科学の発展が大量殺戮兵器や環境問題を生み、人類の永続的な発展どころか生存すら脅かしている。21世紀は我々の叡智で、この流れを変えなければならない。

国家間の利害の対立からは何も生まれない。新アジェンダ連合のようなグループやNGOなどが国境を超えたネットワークを作り、協力して解決にあたらなければならない。核廃絶の運動はまさにこのことがあてはまる。核保有国に、そして自国の政府に核廃絶に真剣に取り組むことを求めていくことが大切である。


世界の情勢から

核保有国は、自国の利益と安全のために他国を脅かし続けている。しかし、4〜5月のNPT再検討委員会で大きな変化が起こった。

今、世界は核廃絶をめぐって分岐点に立たされているといえる。一つは、際限のない核拡散の道、それは核が使われるかもしれないという危険な道であり、もうひとつは、核廃絶への道である。自動車に例えると、周囲の声を無視して、核保有の道を走っていた。そして今交差点で車は廃絶の方向に進路を変えたのだ。しかし、今の情勢は、いつ目的地、核廃絶という目的地に着くか解らない。途中の交差点で再び誤った方向に行くかもしれない。サービスエリアで寝込んでしまうかもしれない。

NPT再検討会議

この会議で、新アジェンダ連合やNGOの果たした役割は大きかった。超大国はもはや我儘を通せなくなった。最終合意文書では核保有国の不誠実な態度を許していた「究極的核廃絶」という文言が消え、変わって核保有国は核廃絶に向けて「明確な約束」をした。具体性には欠けるが廃絶に向けた明確な方向性が示されたのだ。核保有国は譲歩せざるをえなかったものの、我々が目指す「期限を切った核廃絶交渉の開始」は実現しなかった。このことを忘れてはならない。

核の三叉路で良い方向に向かう明るい材料

朝鮮半島の動き

6月16日南北共同宣言が発表され、中で平和的統一がうたわれた。その後着実によい方向へと向かっている。だから、北朝鮮を「ならず者国家」とよんだり、韓国や日本の米軍基地の存在する口実がなくなった。北東アジアに非核地帯をつくる絶好の機会が訪れたのだ。

国連総会

アナン事務総長の提案「核軍縮の国際会議の召集を」は、第55回国連総会の決議案では、すこし、文言のトーンは下げざるを得なかったが、今までのように核大国が核軍縮のための会議を拒否することはできなくなってきた。

日本政府の態度も少し変わった。カットオフ条約の2005年までに締結など前進はあるが「明確な核廃絶の約束」を具体化するには程遠い。

核の三叉路で悪の道へ引き戻す誘惑(アメリカが今後どうするかにかかっている

最悪は、核軍拡競争を招く国家ミサイル防衛(NMD)構想であり、国際社会の強い非難にもかかわらずアメリカは強引に進めている。今行われている大統領選でも、両陣営とも配備をする方向である。

さらに、アメリカはあいも変わらず未臨界実験を続けている。核弾頭の更新が計画され、水爆用トリチウムの精製工場が建設され、より使いやすい小型核兵器"ミニニューク"の開発が企まれている。

もう一つの核大国ロシアも同じだ。プーチン大統領は核兵器に固執し、未臨界実験も続けている。


日本の情勢から

わが国の政府は、この1年も被爆国政府といいながら、核廃絶のイニシアチブをとろうとせず、結果的には核保有国アメリカの立場を擁護してきた。


主な国内の出来事から一部を振り返ってみると

原子力発電

東海村事故(9月30日)で2名の犠牲者がでた(12月21日大内さん、4月27日篠原さん)。「安全神話」が崩れたのに、教訓が生かされていない。海外では原子力発電はすでに過去のものとなった。しかし、わが国は新たな原発の建設を強引に推し進め、六ヶ所村での核燃料再処理工場の建設を急いでいる。

日米軍事同盟

日米共同で戦域ミサイル防衛(TMD)をおしすすめることにより新たな緊張を生み出している。相模原で米軍の本格的な野戦病院演習(MEDIX2000)が行われ、自治体などの医療関係者が見学に招待されるなど、新ガイドライン法の発動に向けた準備が行われている。さらに、日本政府も米軍も非核神戸方式の形骸化に躍起になっている。

沖縄基地

1972年に本土復帰した時、「核抜き本土並み返還」ということであった。しかし、施政権返還後も「核の再持込」と「基地からの自由出撃を保障」する日米密約が存在したことが公開された公文書でも明らかになった。

未だに「基地の島」沖縄が改善されていない。普天間基地返還の県民の願いを逆手にとって「新ヘリポート」の建設を強行しようとしている。恒久的な施設であり、異常な事態を21世紀まで続けるものである。

核密約

次々と日米政府間で有事の核持込密約が暴露された。極めて重大な事実である。

松谷訴訟

7月18日、最高裁で国の上告が棄却され、原爆症と認定された。詳しくは別のセッションで報告される。
それ以外の訴訟について、札幌、東京、大阪高裁などでも上告審が争われている。これらについて「つどい」として支援していく必要がある。

その他

ヒロシマ・ナガサキアピール署名が6000万を突破した(10月2日)。また非核自治体宣言が2505自治体(3200自治体中)で採用されている。


つどいの活動

活動を振り返って

第14回IPPNW世界大会に「つどい」から15名が参加した。詳しい会議の様子は明日の全体会議で報告される。
平和教育への取り組みを始めたが、具体的な活動はこれからである。
「つどい」のホームページとメールリストをとりあえず立ち上げた。
未臨界実験に対する抗議をその都度おこなった。
各県の反核医師の会は工夫をこらし、持続的に活動をおこなった。また、被爆者の会や原水協などとも共同して運動をすすめている。
前回の「つどい」とIPPNW世界大会の報告集を発行した。しかし、ニュースは発行できなかった。

今後の「つどい」の活動への提案

平和教育:平和教育に関するプロジェクトチームを作ろう。学生も参加して欲しい。それは、戦争の恐怖を教えるのではなく、平和の増進や人権の大切さを教える教育を目指すものである。

何かしよう:みんな核をなくすために「何かしたい」と思っている。しかし、具体的に「何をしてよいかわからない」。例えば「被爆の実相を伝える」といっても、具体的に「何をしてよいかわからない」。重要なことだとは誰もが思うことだが、個人として何をすればよいか、なかなか難しいことである。知恵を出し合い交換しよう。例えば、待合室に掲示できるようなポスターを作ってはどうだろうか。でも、恐怖を植え付けるだけでは駄目だ。無言館の絵は「銃口の先に止まる1羽の蝶」だと館長の窪島さんは形容している。意味の深い、いい言葉だ。待合室にマンガを置くのも効果的だ。既成のポスターもある。他にもいろいろあるだろう。インターネットを使えば、このような具体的な方法を手軽にHP上で紹介し合うことができる。

ホームページ、メーリングリスト、メールマガジンの充実をはかろう。各地の反核医師の会の活動を投稿して欲しい。昨年投稿を呼びかけたが全く反応がなかった。被爆者医療について、参考になる資料を掲載したい。

抗議文の雛型(英語も)を載せると便利だ。ニュースの発行も経費を考えると困難だ。今後の交流はネットを通してメールマガジンの形でおこないたい。英文のHPも是非作りたい。皆で作ろう。手伝って欲しい。協力者を募集する。コンピュータの知識がなくてもOKだ。何かを伝えたいという熱意が大切だ。

もちろん今までの活動、例えば署名などが重要なことはいうまでもない。医師として、被爆者医療などの問題も継続して取り組もう。

最後に、活発に意見を出し合って、核廃絶運動がより前進することを期待する。共に明るい希望をもって,21世紀を迎えよう。