IPPNW世界大会に参加して
つどい代表団 団長:松井和夫
第15回IPPNW(核戦争防止世界医師会議)世界大会が5月3日から5日まで、アメリカのワシントンDCで開催され、「反核医師のつどい」から20名が参加した。大会のテーマは「Summit
for Survival」。世界33カ国から400名以上の医師・医学者、活動家たちが集まった。この大会は、当初、「明確な核廃絶への約束」などの13項目にわたる2000年NPT(核不拡散条約)合意事項に関し、次回(2005年)NPT再検討会議で「時間的枠組などの具体的プロセス」が決定されるようにアメリカ政府に圧力をかけることが大きな狙いであった。しかし、9・11テロとNPR(核態勢見直し)が会議そのものを大きく変えた。
会議では、今年1月に発表されたアメリカのNPRに話題が集中。これは核廃絶への流れに逆行するものであり、「核拡散のおそれ」や「通常戦争での核兵器使用」など、ブッシュ政権の危険で手前勝手な政策を非難する意見が相次いだ。その他に、環境、貧困、小火器などの問題も重要なこととして取り扱われた。日本にいれば、中々実感されないが、生の声を直接聞くと、想像を絶する様子がひしひしと伝わってくる。核以外の問題にも積極的に取り組むことに賛否両論があるが、やはり、平和を求める唯一の国際的医師団体であるIPPNWの重要な使命の一つであろう。医学生の活発な活動、発言も目を引いた。
ロートブラッド博士が基調講演
全訳(クリック!)
2日目にノーベル物理学者であるロートブラッド博士の素晴らしい基調講演があった。博士は自身がマンハッタン計画に参加した経緯に触れながら、「核兵器は、理論的にも、政治的にも、軍事的にも、法的にも倫理的にも受け容れられない」「特に倫理的に問題」と強調。
「我々は何人も平和な世界、公正な世界を望んでおり、誰もが若い世代に『平和の文化』を伝えたいと願っている」。しかし、「もし、『大量破壊兵器があるから平和だ』というのなら、平和の文化について若者にどう語ることができるのか?」「安全保障は極端な暴力の上に成り立っていると知った時に、若者に暴力はいけないとどう説得できるのか?」と問いかけた。
これからも、モラルの原則に立った核廃絶キャンペーンを続けることによって「再び市民の関心を呼び戻そう」「そして、核を廃絶しよう」と力強く訴え、会場からは万雷の拍手が沸きあがった。
人道的な理由からにせよこの悪魔の兵器を開発した学者として、何とか核兵器を廃絶させようと残りの人生をかけて戦ってこられた真摯で誠実な人柄と熱意が伝わる講演であった。
つどいの活動
例年のように折鶴・アピール署名のコーナーを開設した。今回は全体会議の入り口のすぐ横という絶好の場所を提供していただけ、たくさんの参加者と接触することができた。
また同コーナーでは各参加者が持参した原稿を配布した。主なものは (クリック!英文はPDFファイル)
「日本の核問題と平和:最近の状況」松井和夫(和文・英文)
「57年間、広大な米軍基地が占拠する沖縄から訴える」西銘圭蔵(和文・英文)
「原爆の被害を認めて欲しい。日本政府の被爆者政策を変えさせよう。原爆症認定をめぐる集団訴訟への取り組み」向山新(和文・英文)
「21世紀を安全と信頼の世紀に」池田信明(和文・英文)
江川治彦(和文・英文)
「アメリカのテロ対策と核利用の状況や日本国内での有事法制化への動きについて--平和運動を推進する立場で--」小池晃(和文・英文)
「Present Situation of the U.S.Bases in Okinawa and Our Anti-Base Movement」武居洋(英文)
「長崎の隣接地域被爆者を中心とした被爆者救済策について--長崎での実態調査を踏まえて」本田英雄(和文・英文)
ワシントン宣言を採択
全文クリック
最終日には、ワシントン宣言が採択された。その中で、「人類のさまざまな脅威は国境を越えて」おり、解決するためには「国際的な協力が必要である」と強調。核兵器について特にモラルと法的な立場から廃絶を訴えている。NPRについては「CTBTを無視するもの」で、「宇宙を軍事化」し、さらに「新型の核兵器開発は核兵器と通常兵器の法とモラルによる線引きをぼやけさせる」ものであると指摘。最後に、健康を守る専門家たちなどに、小火器や地雷、気候変動、核廃絶、生物・化学兵器、中東問題などで「我々と共に、みんなに訴えよう」と具体的提案もまじえ呼びかけている。
PSRとNPR
今年1月に米国議会に提出されたNPR秘密報告書はブッシュ政権による最初の核政策の見直しであり、公表された内容では「核兵器は冷戦時代の遺物」であり、「削減するのだ」と核軍縮が強調されていた。しかし、3月にLAタイムズが暴露した内容は核軍縮とは全く反対のものであった。それは「非核保有国に対しても核兵器を使用する」「核兵器を2020年以降も持ち続けなければならない」と廃絶を完全に否定、「核兵器の研究開発者の育成」、削減といっても数千発は備蓄にまわされ「短期間のうちに再配備可能」「削減の過程はいつでも中止可能」「NMD導入を前提に削減」「CTBTは反対」「テスト再開準備期間の短縮」「B-61バンカーバスタなどの新型核兵器の開発」「商業用軽水炉使用のトリチウム生産再開」など恐るべき内容であった。
会議の中で、とりわけ問題とされたのは、「柔軟性」ということですべてのオプションが残され、アメリカの手足を縛るものすべてを排除していること。さらに、通常戦争での核兵器使用は歴代の政権が「核攻撃に対する抑止力としてのみ核を保有する」としていた一線を踏み越えるもので「市場経済でのアメリカの利益のためには何でもする」というブッシュ政権の危険性を指摘する声が多かった。
このNPRそのものは議会の承認を必要としないが、実行には予算面で議会の承認が必要であり、テストサイトでの実験再開も予算が通らない可能性が大きいとのことであった。PSR(IPPNWのアメリカ支部でもある)では反対声明、ロビー活動、ブッシュ氏への公開書簡を出す運動など積極的に活動している。「みんなの助けが必要なんだ」と盛んに協力を求めていた。
新しい動き
「核兵器の変わりに」という言葉が良く使われていた。国の安全保障の基礎を核兵器ではなく別のもの、例えば「・・・・に対する防衛⇒一緒に安全保障」、「抑止⇒信頼関係形成」、「秘密⇒透明性」などに変えようという具体性のある提案である。これは、IPPNWの大きな研究テーマとなっている。
意思決定者とのダイアローグ:前回から大きく取り扱われているテーマで、核問題のトップなどとどのようにして話し合いに持ち込むかなど過去の経験に基づいた具体的な教訓が積み上げられてきている。「彼らが『核兵器は通常兵器と本質的な差はない』など、どんな考え(憶測)を持っているか」を知ることが大事、初回から「面談の約束」を取るのは無理、自分たちの見解を述べるだけではダメ、「何々すべき」などの言葉は避けるべきなどである。「モノローグの応酬でなくダイアローグを」我々にも有用な研究課題である。
インターネットを使ったプレゼンテーション資料の提供:今後IPPNWとして積極的に資料を提供していくとのこと。楽しみである。
終わりに
インドとパキスタン、イスラエルとパレスチナそしてアフリカ諸国からも代表が参加した。北朝鮮が参加できなかったことは残念だったが、内に問題をかかえた国の代表が参加し建設的な議論をする、何と素晴らしいことか。
今、偏狭な民族主義が世界的に勢力を伸ばしている。この背景には、各国で市場経済優先の下、モラル、正義、公正さが蔑ろにされてきたことがある。会議中の議論を通し「暴力を否定し、平和やモラルなどの重要性を説く」という当たり前のことを地道に続けることが「核廃絶への近道」であると再認識した。いろいろな国の人がそれぞれの立場で核のない世界、平和な世界を実現するために頑張っている姿を見、たくさんのエネルギーを頂いて帰ってきた。
次回(第16回)世界大会は2004年9月16〜19日に北京で開催される。
テーマは Health Through
Peace & Disarmament
2006年はフィンランドに決定。
※講演内容などはIPPNWのサイトに順次掲載されていくとのことである。ご参照いただきたい。
|